4/接触

「消えた、だと?」

 昼時の学食というものは少々込み合っているので少しばかり声を大きくしなければならない
が、多少の内緒話は周りの喧騒に掻き消される場合が多いため、このような時にはうってつけ
の場所だ。

 昨日の今日、公園で出遭った少女を不思議に思い、大学の午前講義が終わってから、
相談相手の小太郎と共に食事をした後、昨日の不可思議な出来事を話題を挙げてみた。

「あぁ、俺が最初に気付いた時にはたしかに居たんだけど、少し目を離したら消えてたって事。
 これってお前ならどう思う?」

 不思議な感覚を与え、そう思った瞬間消えてしまった少女。
何かを伝えたかったのか、何かを訴えていたのか、それを知る事も出来ないまま昨日という日
が終わってしまった。

「ふむ。たしかに不思議な事も有るものだ。さて、霊の類か狸の仕業か」

 小太郎はこの事態を楽しんでいるような顔をしながら考え込んでいた。
 このような部類の話題に小太郎はなぜだか強い面を持っている。霊感というか趣味というか、
この手の話にはどこまでも突き詰めなければならないのが性分らしく、
先日の体験のような不可思議な出来事にはもってこいだった。

「しかしお前は何かを感じたといったな?悪意ではない、何か別の感情のようなものを」

 何かを確かめるよう、そう聞いてきた。

「そう、だな。何かを言いたげな様なそんな感じがした」

 小太郎に聞かれ、もう一度昨日の出来事を思い出しながらそう返事をする。
 突然の出来事に加え漠然としていたために彼女が何を聞きたいのか、
そして自分に何を伝えたかったのかは今では分からないが、
あの消えてしまった少女からはそう感じられた。

「だとするとお前に対して何らかの理由があり現れたのだろうな。
 なれば必然の時がくればまたお前の前に現れるだろうよ、その少女とやらは」

「また?またあの子は現れるって言うのか?」

 その当然の疑問詞をぶつけるが小太郎はその問いに対しても悠然と答えた。

「そうだ。お前が幻覚なぞを見ていないのだと仮定すればその手の存在には必ず理由がある。
 単なる霊の類だろうとその存在意義は不確定ではない。
    ・・    ・・      ・・・・・・・・・・
 そこに居る、そこに在る、だからこそそうして奴らは現れるのだからな」

 単なる霊の類ならば、だがな。と最後に付け加えそう言い放った小太郎。
自分の中では解決したのか、自販機に行くとだけ伝え悠然と歩いていった。

 ・・・もう一度あの子が現れる。もう一度あの子に会えるのか?

 そう心の中で反芻しながら小太郎の歩く姿をただ呆然と眺めていた。


                    ◇


 先日の彼女、あの消えた少女に会えるという期待を植えつけた小太郎と別れ、食事を済ませ
たために来る午後の惰眠をなんとか理性で抑えつつ講義を終えたそんな午後。
 いつまでも大学に居る予定も理由も無いために早々に帰路へと着いたものの、そのまま帰宅
しても何をするでもなし、やる事も無いので久々の寄り道先である商店街へと足を向けた。

 真桐町商店街、通称『霞み通り』。
 謂れはなんでも霧ノ丘から取った、というより捩ったのが最有力な名称話。名前だけ聞けば
霧(キリ)と霞(カスミ)で語呂やら雰囲気がマッチしている・・・と思われるが、目下のところ
学生や地域の皆さんにとっては『霞みかかるほどしか店がない商店街』・・・。そんな認識のほう
が高いという因果な商店街である。

 そんな限られた店しかない商店街だが、この辺りに住む住民ならば地域密着型の商店なので、
寄り合いやおまけを付けてくれる商店も数多く、店自体が少ない割には中々に賑わっている繁
華街でもある。
 そのため暇を持て余す時などにはうってつけの場所・・・なのだが、

「こんな時に限って金が無いとはなぁ・・・」

 今日の昼食時に気付いてはいたのだが、如何せん午後の眠気がそれを完全に忘れさせ、おま
けに小太郎と例の話をしていたために金のことなど微塵も頭になかった。・・・流石は自他共に
認める健忘症、大事な事はあまり忘れることは無いが小事な事は結構忘れる、そんな自分の
『困った癖』に呆れるものの今は詮無き事。

「あれ?先輩ですか?」

 その知った声に振り向くとそこには後輩である本樹イヨの姿。同級生だろう、彼女の後ろ
には数名の女子も居る。何人かは見たことのある顔ぶれだったので、自分のような一人フラ
つく身を怪訝に見つめる視線はほぼ皆無だった。うん、人を見た目で判断しちゃイカンよ。

「珍しいですね先輩がこんなところに居るなんて。」

「ん、いやちょっとばかり暇だったもんでね。ブラっと寄ってみたんだけど・・・」

 金が無いことには商店街ではただの冷やかし、今はただ眺めることしかできないのだが、
まぁ今それを言ってもたんなる愚痴だ。別段隠すこともなく彼女に事情を説明する。

「あははっ。じゃあ今はホントの意味でウィンドウショッピングな訳ですね」

「そうなるね。まぁ別に歩くことは嫌いじゃないから眺めるだけでもオツなもんだよ」

 歩くこと自体は嫌いではない。特に目的は無くとも目移りしそうなものを眺めるのは本当
に楽しいという気持ちさえ芽生える。財布の中身は寒くとも心は満たされる。うんうん、
イイこと言ったね俺。・・・実際はサムイけど。

「それじゃあ先輩もご一緒します?これから皆で甘いもの巡りを敢行しようと思うんですが」

「あ~、うん。魅力的な提案だけど今日は遠慮するよ。また今度って事で」

 奢りという言葉に加え甘いものというその嬉しい案に惹かれるものの、女性大勢、男一人
というこれまたある意味喜ばしいシチュエーションは流石にマズイ。小太郎ほどではないが
女性が大勢居る中で一人ポツンと居る空気にはきっと耐えられないだろう。

「遠慮しなくてもいいのに・・・。でも今度は付き合って下さいね?絶対ですよっ」

 その彼女の言葉に後ろに居る知り合いの子らはクスクスと笑っていたものの、悪意ある感じ
ではなくむしろ微笑ましく見守る親の心境か。本樹イヨという人物を分かっている風だった
のでこちらとしても好感が持てる。持つべき者は良い親友だ。

 そうあって彼女、イヨや彼女の友達たちとはそこで別れたものの、実際問題としてはなんら
解決していないのも事実であった。金の無策で挑む商店街はなんと魅力溢れるものに見えるの
か、無い物ねだりと同じ心境だなと、葉は一人心の中で愚痴ていた。


                    ■


 また今度、そんな風に先輩にやんわりと断られ道端で話をしたのは数分限り。先輩への誘い
は当たって砕けろな自分としても魅力的な誘いだったけど、やっぱりというか9割ほどは確信
した『遠慮したお断り』だった。
 おまけに皆には笑われたりでちょぴり不満もあったけど、自分の持ち味としているポジティ
ブな思考で次の行動へ即座に頭の切り替えを始める。今日という日は限定された特別な日では
ない。今日ではないもしかしたら明日という近い未来にそれはあるかもしれない。そんな風に
本樹イヨは頭の中で考えていた。

「でもホント、イヨはあの人の事になると少女みたいだよね」

「そうそう。あのはしゃぎようったらまさに夢見る少女って感じ」

 む、多少自覚はあれどやっぱり他人から見たらそうなっちゃうのか・・・。
 イヨ自身、先輩である彼との対面、もしくは対話はやはり心躍るものなので、他人から見え
るほど好き好きビームを出している・・・のを実はこれでも抑えているつもりだった。だがそれは
知らぬは本人のみという自分にしてみれば笑えない話だ。しかしイヨ自身感じている好意以上
のものを彼女らも分かっているのであろう、笑い話にはするもののそれほど悪い気はしない。
自分自身が感じている一揮葉という人物への認識は、皆と殆ど変わりないものだったから。

「それにしてもイヨもイヨだけど、あの人も結構涼しい顔で喋ってるよね?
 見た目はまぁ・・・イヨの手前中々イイ男だと思うけど、やっぱ鈍感?」

 ・・・そうなのだ。あの人は持ち前のぶっきら棒さもさることながら、中々にガードが固いの
か単に気付いていないのか、恐らく後者だろうけど私の気持ちに気付いている風はあまり無い。
女の子の声にホイホイと付いて行くような人ではないのは分かっているものの、やはり自分の
気持ちを汲み取ってくれていないのはちょっぴり残念である。そんな人だから鉈神先輩のよう
な人と友人の間柄でいられるのだろうけど。・・・まぁそれは置いておくとして、

「だからこそ惹かれる何かがあるのかもしれないなぁ」

 ついそんな独り言を呟く。好きという感情は確かにあるものの、その気持ちが何なのか自分
で言うのもなんだけど正確には理解していない。漠然的ではあるが何かしらのものを感じてい
るものの、好きという感情なのかそれとも全く違う感情なのか全く分からない。

 でもこれだけは言える。それこそ彼女らの言った少女的な言葉を借りれば『運命的な何か』、
それこそが自分とあの人とを結ぶ一つの線なのだ、と。

 その確信めいた、しかし曖昧な何かを思い、イヨはふと彼が去っていったほうを見つめ・・・


 「――――・・・え?」


 喧騒する商店街の道の中、人と人とが交じり合い、犇めき合いながら前へ後ろへ進む中、
普段ならば気にも留めないであろうだがしかし、なぜか目に留まった、なぜだか目を惹いた
その先に、


 ・・・・・・一人の少女が居た


 一見すると少女のように見えるものの、なぜだかイヨはその少女が“少女らしくない”と悟った。
白いワンピースに身を包み、長い髪がそよ風になびくように動いている。だがしかし、その身
から感じるのは得体の知れない不可思議な感覚。どこか心の片隅で知っている感覚が・・・

「・・・ヨ・・・。・・・・・・イヨっ!何してんの行くよっ」

「え?」

 後ろに居た友人らの声に思わず振り返る。直ぐ様少女が居た方を見るも既に其処には誰も居
ない。いや、見知らぬ人と人が何人も歩む中には、あの少女らしからぬ、しかし少女であった
子の姿はもうどこにも無かった。

 ・・・残滓したのは何だったのか。幻視した人(きおく)は何だったのか。その心に残る何か
を分からずとも、イヨはその感覚がいつまでも胸の奥に残っていた。


                    ■





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  • 最終更新:2008-11-18 21:27:26

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