微苦なバレンタイン

 「……食べて」
 ――全世界が停止したかと思われた……。
 俺の目の前にはピンク色の綺麗な包装紙。そしてそれを差し出す長門の姿。
 そんな長門本人と包装紙を交互に眺めながらハルヒのアヒル口に負けずとも劣らないほどあんぐりと口を開け、突然に出来事に呆然とするしかなかった。
 部室に居る他のメンバーも同じなようで、ハルヒは長門の姿をなんとも言えない表情でワナワナと、朝比奈さんはハルヒと長門を交互に見ながらオドオドと、古泉に至ってはこれでも驚いているのか固まった笑顔を浮かべていた。
 「ぁー、と俺にか?」
 「もちろんそう」
 端的にそう告げる長門だがその行動はこれまでに無いほど積極的なものを感じる。
 やはり今日という日が特別だからだろうか。そう頭で思いながら感謝の言葉を出しつつ差し出された包装紙を手に取ろうとすると、
 「あ~っそうそう!あたしも渡すものあったのよねっ!!ほらっキョン!受け取りなさいっ!!」
 「ぐはっ!」
 ハルヒが突然声を上げたと思った途端にビュッと空気を切り裂く音が聞こえ、顔面に何かをぶつけてきやがった。
 俺のハンサムな顔が崩れたらどうするんだ!…と言いたいところだったが、ハルヒが投げつけてきたものが何なのか見て、その言葉を飲み込んだ。
 「……ハルヒよ、これはなんだ?」
 「なっ、なんだとはなによっ!それくらい察しなさいこのバカキョンっ!!」
 どうやらハルヒもイベントに踊らされた人間らしい。が、これは投げつけるものじゃないだろうに。
 食べ物は大切にねと幼稚園で習わなかったのかこいつは。まぁいい。くれるというのならば病気以外のものは貰う主義だ。
 遠慮せず頂戴しておこう。

 そう思い立ちハルヒの投げつけたリボンで結ばれた青い包装紙の物体を拾い上げようとすると、
 「……ダメ。わたしが先」
 と、俺が床に手を伸ばそうとした矢先に腕を掴んできたのは、先程から横にいた長門。
 対して突然の行動にまたも開いた口が塞がらない俺。
 「……ぁー、長門よ、これは」
 「わたしが先に声をかけた。だからわたしが先」
 俺の言葉を遮って先程以上に我を通そうとする長門。
 有無を言わさぬほどの圧力を感じるが気のせいではないだろう。
 俺の腕を万力に近いほどの力でぎりぎりと掴んでいるのがその証拠だ。
 とてつもなく痛いが俺も男だ。ここで騒いだらハルヒに何を言われるか分かったもんじゃない。
 が、ここは男らしく笑顔で対処するぜ。
 「おーけー分かった。確かに先に声かけてきたのは長門だからな。ありがたく貰っておくよ」
 長門にそう言い笑顔で受け取る俺。
 長門も満更でもないのか、無表情ながらなんとなく嬉しそうにしている雰囲気が伝わってくる。
 「ぐぬぬぬ……」
 対して俺がそんな風に長門といい雰囲気になっていると、団長の椅子の上でふんぞり返りながら唸っているハルヒ。
 お前は餌を目の前にした猛獣か。
 「ハルヒ、そんな顔してると眉間にシワが寄るぞ」
 「っ、お、大きなお世話よっ!!あんたこそさっさとあたしのチョ」
 「早く開けて」
 ハルヒをおちょくりながら話しているとまたも長門が突然ずいっと目の前に現れた。
 今更驚きはしないが今日の長門はいつになく積極的だ。
 「ちょっと!キョン聞いてるのっ!?」
 聞いているとも。聞いてはいるがこの長門には逆らってはいけないと俺の本能が告げている。
 悪いがハルヒよ、お前は後回しだ。
 そうして長門に有無を言わさず手渡されたピンクの包装紙を開ける。
 手のひらサイズにしては少々大きい気もするが、中身がアレならば別段このぐらいのサイズはあるだろう。
 少々の期待感を抱きつつ開けていると、長門は俺の心情を読み取ったかのように次のような言葉を投げかけてきた。
 「……ちなみに手作り」
 そうなのか。そんな長門の言葉を聞いて俺の手の上にある物体の重みが増えた気がする。
 これが女の子からの手作りチョコの魔力なのか。
 長門ならば市販されているチョコ、いやそれ以上の出来になりそうだからこれは期待できそうだ。
 そうこうしている内に包装紙からシンプルなピンク色の箱が出てきた。
 俺は期待を胸に大人げなくドキドキしながら、それでいて表面は冷静な顔を浮かべながら、その箱をぱかりと開けると……、
 「……手作りのチョコはこうあるべきと判断し、あえてこの形を作ってみた」
 ……皆さん、想像できるだろうか。女の子の手作りチョコに期待して、それが長門からと思えば市販以上の代物だと勘違いするのも無理はないだろう。
 しかし、しかしだ。これはどうみても「初めて作ったんだけど味は大丈夫だよ♪」と声が聞こえてきそうなほど……歪なハート型と思われるチョコだった。
 「長門よ、これは……」
 「初めて作るチョコは崩れてあるべきと判断した。手違いではなく仕様」
 長門ならばもっと綺麗なものと思ったがこれは想定外だ。
 その判断はどうかと思うがまぁいい。手作りなことに変わりはない。快く受け取っておくぞ長門よ。
 「食べて」
 形は歪だが味のほうは大丈夫だろう。いくら長門でもそこまで掛け違えて間違えることはない。
 そう思いながらハート型と辛うじて分かるチョコの端を割り口に放り込むと、
 「尚、味も検討した結果通常の味覚では耐え難いものにした」
 ……をい。
 躊躇なくチョコを頬張ったせいでふじこlp;@な味が口の中いっぱいにくぁwせdrf甘いようで辛いチョコのようでカレー風味も僅かにんjmk,l。


 余談だがこのあと俺は床に這いずり回り痙攣しながら「カレーパンの宇宙人がぁ」と叫んでいたと言う。
 今の俺にはとんと記憶に無いが話を聞く限り忘れていて良かったと心から思う。
 ちなみにハルヒが投げつけたチョコ(投げつけたせいで無残にも崩れていた)も美味しく頂いたが、これはこれで普通過ぎてインパクトがないなと本人に言ったら、あんたに食わせるチョコはもうこれっきりよと啖呵を切られた。感想を言えと言ったのはお前だろうに。
 また朝比奈さんからも俺が一人になってから渡されたチョコがあるのだが、これは大事にとってある。
 だってそうだろう?渡す彼女の恥ずかしそうな顔と「これ手作りチョコですぅ~」とエンジェルボイスを聞いただけでもう腹八分目だぜ。賞味期限いっぱいまで大事に飾っておこう。

 PS:帰宅後ポストにメッセージカード付き(『僕からのお世話になっている貴方への気持ちです。by超能力者K』)の怪しげなモノは速攻でゴミ箱へと投下……もとい中身だけ妹にあげてやったのは言うまでもない。良い子は食べ物を粗末にしちゃダメ。絶対。



■あとがき

本当は2月14日にあげるつもりだったのですが少々の事情があり翌日に。
突発な思いつきで書き上げたので所々言いたくなるような箇所があるかと思いますが仕様です。
設定や細かな状況は想像してやって下さい。
その際はキョン×長門の雰囲気を強めにしておくのがベスト。
ちなみに長門はキョンへ好き好き大好き光線を出しているとかいないとか……らしい。



  • 最終更新:2010-02-15 19:47:50

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