日枝露と雪原洋平と祭囃子~summer festival~

 外から聞こえてくる祭囃子の音。
 部屋の中を見れば、机の上には鎮座するクマのぬいぐるみ。
 ワタシの部屋には似つかわしくないこの置物は、積み重ねてきた年月によってすっかり薄汚れていた。
 まだ未練があるのかどうかなんて、自分の心の内もわからないけど。
 クマの顔に一つデコピンを放つ。
「さて…」
 愛機のカメラを手に持つ。
 とりあえずは今を楽しむために。
「行くか」
 服は普段着のまま。
 敢えて浴衣なんて今更着る必要もない。

 ……で、
 ってゆーか、人ごみがウゼェ。。。
 右も左も正面も人、人、人。月見丘神社の境内を覆うのは人の群れ。
 ただでさえ人ごみってのが苦手なのに、この熱気。
 ウンザリしかけるわ。
 じゃあ何でこんなところにいるのかってーと、どうもワタシはお祭りってのが結構好きならしい
 柄にもなく血が騒ぐ、ってわけでもないけど、この独特の空気。
 幼い頃のわくわくを思い出させてくれる。
 学生たちがお遊びでやっている文化祭なんかとは全く違う不思議な感覚。
 ま、良い絵が撮れそうだしな。
 そんな矛盾に満ちた思考でこの月見丘神社の夏祭りに来ているんだから、ワタシも相当な天邪鬼だな。

 どう考えてもぼったくり価格のあんず飴(水あめの中身はソーダキャンディーのやつ)を食べながら出店を眺める。
 ふと、視界に入る一軒の店。
 射的。
 標的の棚にはお菓子やらぬいぐるみやらが並んでいる。


『はい、これ仲直りのしるし』
『くま……』
 手渡されるクマのぬいぐるみ。
『がんばってとったんだよ』
『……ありがと…』
 ぬいぐるみを抱きしめる姿を見てニコニコ笑うその姿。
 嬉しいのに、それが照れくさくて
 恥ずかしさを誤魔化すように、つい天邪鬼な我がままを口にしてしまったりして。
 そんな拗ねた声に、しょうがないなぁと苦笑する優しい顔。


 ふと、脳裏に浮かぶ情景。
 ただの思い出なのか、それともやはり未練なのか。
 苛立ちを振り払うつもりでちょっと呟く。
「……こんなもん、簡単に取れんだろ」
 オッチャンに代金を支払いエモノを受け取る。



「ほらほら、こんな時こそ男の甲斐性見せるチャンスじゃない」
「って、こんな時じゃなくても、いつも僕が奢らされてますよねぇ!?」
 月見丘神社でのお祭り、浴衣姿のあんずと一緒に回りながらいつものようなやり取りをする。
「文句ある?」
「うぅ…ありません」
 今日は浴衣を着て可愛らしくめかしこんでいるけど、相変わらずこの凄味には勝てません…
「ま、アタシもタコ焼きぐらいは奢ってあげるわよ」
「8個入りで1個だけ分けるとか、そういうのは無しだよ」
「あ、あはは。あ、アタシがそんなことするはずないじゃない」
「目が滅茶苦茶泳いでますよねぇ」
 はぁ…と溜息。
 まぁ、どっちにしても今日くらいは僕が大体は金を出すつもりだったから問題は無いんだけどさ。
 今月はピンチだなぁ…
 と、お祭りデートしていると
「…ん、あれ?」
 射的の屋台の前に見知った人影。
 浴衣なんて洒落たものを着ているわけもなく、あくまで普段着のその姿。

 あれは日枝?
 あんず飴でも食べてるのか、口から割り箸がはみ出た状態で射的の狙いを定めている。
 その情景は、何だか微笑ましい。
 あ、外した。
 いつもの眠そうな顔に、ちょっと不機嫌でつまらなそうな色が浮かんでいる。
 こんなところで、日枝がこんなことをやっているなんて、何だか意外で珍しい。
 さて、声を掛けたものかどうしたもんか。
 一応彼女とデート中な手前、いくら知り合いとはいえ他の女性に声を掛けてもいいものかどうか。
 なんたって僕の彼女はヤキモチ焼きだからなぁ…とか思いながらちらりと、あんずの方を見ると、僕の思案など全くお構いなしに
「あら、露じゃない」
 あんずも気付いたのか普通に日枝に声を掛けていた。
 ……あれ、ヤキモチ、焼き…?
 特に気にしていないご様子。
「ちす」
 あんずの声に気付いて振り返った日枝がいつもの眠そうな表情でそう短く挨拶した。
 傍若無人な日枝も、一応先輩であるあんずに対しては多少の敬意を払ってはいるらしい。

「一人?」
 おっと、僕の彼女は聞きづらいことをいとも簡単にズケズケ訊いていた。
 僕達にできないことを平気でやってのける、そこに痺れる憧れるぅ!…じゃなくて、この人、友達いないんでお祭りとかも一人で廻ってるんです。察してあげてください。
「まぁ、見ての通りで」
 対して、日枝は特に気にした様子もなく平然と答える。
 流石、孤独に慣れているロンリーウルフは違いますね。
 狼というより狐って感じだけど。もしくはナマケモノ。
「じゃあ、アタシ達と一緒にお祭り廻る?」
「「は?」」
 あんずの予想外の提案に思わず日枝とハモる。
 いやいやいや、僕の彼女は仮にもデート中に一体何を言い出しますのやら。
「いや、まぁみんなでワイワイお祭りを廻るのも楽しいかなって思ったんだけどね」
 まぁ、確かにそれはそうなんだけど、何か納得がいかない…
 で、誘われた日枝はというと
「いや、遠慮しときますわ」
 ま、いくらゴーイングマイウェイな日枝でも、普通は空気を読んでそうなりますよね、うんうん。
「隣でイチャイチャされちゃ鬱陶しくてたまらん」
 そっちですか。いや、まぁ気持ちはわかるけど。
「やだぁ、もうっ!イチャイチャだなんてぇ」
 僕の彼女の恥ずかしがるポイントがよくわからないです…

「何でわざわざ日枝を誘ったのさ?」
 日枝と別れてからあんずに訊く。
「ごめん、やっぱ怒ってる?」
 あんずを責める気持ちは多少なりとも含まれていないことも無かったけど、彼女のちょっとバツの悪そうな素直な謝罪にそんな気も失せる。
「そんなことは無いけど、ただやっぱり疑問に思ったからさ」
「何でかわからないんだけど、何となく、放っとけないのよあの娘…」
 それは、面倒見のいい姉御肌なあんずだからこそ何か感じ入るものがあるのだろうか。
 日枝露は何を考えているかわからない奴だけど…
 いつも孤独で居るような、そんな同級生の姿を振り返る。
 その姿はもう人ごみの中に消えていた。
「ま、気を取り直して折角のデートなんだから楽しみましょ♪」
「ちょっ」
 僕の腕にしっかりと自分の腕をからみつかせてくるあんず。
 相変わらず僕の反応を見て楽しんでいるらしい。
 ま、いっか。
 今日はお祭りだしな。



 バカップルたちと別れてすぐ振り返り、一枚シャッターを切る。
 何だかんだ言いながらも仲睦まじい二人の姿。
 うん、悪くない絵だ。
 そのまま二人の後姿を見送る。

 いつかのワタシも、もしかしたらあんな風になっていたんかな…
 そうちらっと思ってしまったが、感傷に浸っても仕方がない。
 過去は二度と取り戻すことはできない。
 たらればを繰り返してもキリが無いんだから。

「さて…」
 撮影のベストポジションでも探しますかね。
 遠くで花火の音が聞こえていた。
 


  • 最終更新:2012-10-30 21:43:14

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