木之下戦の短編集~One future~

日枝露のif


「今日はありがとうございました」
 同僚たちと別れる。
 会社の飲み会の席。嫌でも付き合いをしなければならない。
 ビールという飲み物は苦手だ。あの舌をえぐるような苦味、子供の頃は大人が飲んでいるのを見て自分も大人になれば美味しいと思うようになるのだろうと思っていた。
 だが、今でもその味はわからない。無理に飲もうとすると吐き気がする。
 別に自分が酒に弱いわけではない。
 「ビールじゃない人」で手をあげ、他の甘い酒を注文する。ただそれだけのこと。
 が、甘い酒はついジュース感覚で飲みすぎてしまう。決して酒が嫌いなわけではなかった。逆に、社会人としての鬱憤を晴らすのによく飲む。
 だが、こういう社交辞令的な飲みの席は苦手だ。面倒くさい人間関係、頭の悪く自分の都合しか考えない上司。上の先輩たち。それらの者との席は無駄に気を遣わなくてはならない。
 学生時代、体育会系のクラブにでも入っていればまだ違ったのかもしれないが、あいにく自分は文化系。面倒くさい上下関係、厭味ったらしい先輩、派閥を作る同期達、そういうのとは全く縁が無い。
「学生時代、か……」
 自分は学生時代に何を成したのだろうか。
 青春、と呼べる時を過ごしただろうか?
 あれ以来諦めることだけが上手くなり、自堕落で、何ごとも適当に、ただ気まぐれにやりたいことだけをやり、漫然と過ごしただけのような気もする。
 ふと、彼らのことを思い出した。
 皆で集まり、常に馬鹿げたことをやっていた。
 生徒会として様々なイベントを実行していた。
 稀に自分が参加したこともあった。自発的に参加したことも、強制的に参加させられたことも。
 考えてみれば、あの瞬間はそれなりに充実していた気がしなくもない。
「青春、ねぇ…」
 それももう昔。もっと自分は青春を謳歌しておくべきだったのではないだろうか。
 今はもう戻れない学生時代。
 大人になり、日々窮屈な生活の中を社会人として過ごす。
 また、延々と変わり映えのない、面白味もない日々を過ごしていくのだろうか…

 途中、コンビニにでも行って飲みやすい、甘い酒でも買っていこう。
 そう思った。



鹿島椎名と神無月咲のif


「鹿島ー、ウチもう行くからねー」
 寝坊助の鹿島に一声かける。
 その声で、もそもそと自分の部屋からパジャマ姿の鹿島が出てきた。
 相変わらず、全然成長していない姿。可愛らしいパジャマ姿がよく似合っている。
「昨日の咲が激しくて、なかなか寝かせて貰えなかったからまだ眠い…」
「人聞きの悪いこと言わないでよっ!?」
 ちょっと、お酒飲みすぎて荒れすぎただけよっ!

「行ってらw」
 大学卒業後、社会人になってから一緒の部屋に暮らし始めたウチと鹿島。
 時たま身の危険を感じないこともないけど、お互いの職場も近くだし、二人で家賃を折半すればそれなりの部屋に住めるし、何の不自由もない。
 結構それなりに長い付き合いになる二人。
 学生時代、浮いた話が全くなかったわけじゃないけど、ウチらは今もこうしてつるんでいる。

 部屋を出る前に一言、
「今夜7時だからね。遅れないでよ」
 忘れないように告げる。
「久々に同窓会なんだから」
 昔なじみの人と再会するとよく言われる言葉、

 『変わってないね』と
 『見違えたね』

 正反対のこの二つ。
 昔と変わらないことと、あの頃から成長したこと。
 どちらの方が良いのだろうか。
 どちらを喜ぶべきなのだろうか。
 ウチらはどちらの言葉を掛けられるのだろうか。
 ちょっと楽しみ。
 それに楽しみなのはそれだけではなく。
 大学生の時も同窓会はあった。けれど今回のは
「なんてったって、今回は奇跡的に元1-Aが勢ぞろいするんだから」
 一番思い出深かったあのクラス。
 そのメンバーが勢ぞろいするのだ。楽しみで仕方がない。
 みんなはあの頃から変わってしまったのだろうか。
 それとも、あの頃のままなのだろうか。



雪原洋平と雪原あんずのif


 やぁ、僕は雪原洋平。今を時めく超グローバリズムでハイスペックなフリージャーナリストさっ。
 そんな僕を今また新たなニュースが呼んでる予感…
「洋平っ、暇ならちょっとは手伝いなさいよっ」
 のはずなんだけど、たまの休日。普段の超ビュージーな激務から久々に骨休みをしようとする僕への妻の檄。
「あ~、もう、困ったパパですね~」
「ま~、ま~」
 最近言葉らしきものを発するようになってきた我が子。
 すくすくと成長していく様を見るのは父親として嬉しい。
 嬉しいのだけど、
「へたー、れ、へたー、れ♪」
「そういう言葉は覚えなくていいですから!?」
 我が子の将来が少し心配にもなってくる。

 でも、ま、こんな家族をしっかりと守って行かなくちゃな。
 何よりも大切な僕の家族なのだから。



三門香純のif


「ねぇ、まま。ねこさん、うごかないよ……」
 横たわる猫を見つめるその目は、動揺に揺れらめいていた。
「しんじゃったの……?」
「うん……」
「このこはもう、おうちにかえれないの……?」
 その瞳は悲しみに染まっていく。
「ままでもなおしてあげられないの……?」
「うん……」
「そんな……」
 その瞳からは大粒の涙が今にも零れ落ちそうで。
「でもね……」
 だから、何とかしてあげたくて。
「このコのお墓なら、作ってあげることが出来るよ?」
「おはか……?」
「猫さんが少しでも安心して眠れるように、お墓を作ってあげよ?」
「うんっ」



木之下戦のif


「そっちの方面は任せろ。この話を出せばあの会社はこの要求を呑まざるを得なくなる。切り札はとっておけ。あとは例の取引の関係を――」
 会社からの帰路、携帯を閉じる。
「ふぅ……」
 一つ溜息。
 学生時代も今も大してやっていることには変わりはない。
 が、昔と違い遊び半分で出来ることでもない。責任が伴う。それが社会人――大人になるという事。
 時たま過去の日々を振り返ることがある。
 仲間たちとのバカ騒ぎ。確執、和解etc...
 自分たちは青春というものを過ごしていたのだろうか。
 あの日々は今はもう遠く感じる。
 何も考えないでいい、子供のままでいたかった。
 仲間たちとともに楽しく馬鹿をやっているだけでよかった。
 だけど、何もかも変わらずにはいられない。何事にも終わりというものが来る。
 変わらないもの、変わってしまったもの。
 自分は、彼らは……

 そんな彼にかかる女性の声。
「相変わらず、あくどいことやってるんですね」
 呆れ半分、それに対する懐かしさ半分といった調子の声音。
「世間にばれてマズイことをやってる組織が悪い。ただ、それを利用しているだけだ」
 突然かけられた声にも特に驚いた様子もなく、また悪びれる様子もなく返す。
「お前こそ相変わらず、騒がしそうだな」
「むぅ、酷いですね」
 頬を膨らませる女性。
「どこからどー見ても、水も滴るいい女って感じになってるじゃないですか」
 背後で、胸を張って根拠もなく自信満々に言っているであろう様子が、手に取るようにわかる。
 やはり、この少女は相変わらずらしい。
 何もかも変わりきってしまった中でも変わらないもの。
 それがあるという事を教えてくれる。

 自分に多くのことを教えてくれたあの少女に振り返る。
 あの時の約束。
 再会の言葉。

「お帰り、飛鳥」
「はい、ただいまです。木之下先輩」
 また、あの満面の笑顔を向けてくれた。




  • 最終更新:2012-08-20 22:17:25

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード