2-1 決別

 僕に向けてくれるあの純粋な笑顔が大好きで。
 友達に裏切られたと思って憤る姿が哀しくて。
 そんな自分に嫌になって、寂しげにするその顔が歯がゆくて。
 思い出したくない過去を振り返って、悲しそうにするその瞳が切なくて。
 彼女の笑顔を取り戻したくて。
 彼女のその全てがいつの間にか愛おしくて…





「1位 樹和子、2位 深川小松、3位 来々谷唯瑚……」
 壁に貼られた1学期末テストの順位を眺める。
 何故今更そんなことをしているか。
 夏休みの間中意味も無く貼りだし続けられたそれを、片づけるのが今日の僕の仕事だから。

 僕が転校してきてからあっという間に過ぎ去ってしまった夏休み。
 野球部が地区大会の2回戦で敗退したとか、水泳部が惜しいところまでいったとか、実際のところ僕にはあまり関係あるわけではなく。
 それでも。決して無為に過ごしたわけではなく、意外と騒がしく過ぎていった夏。
 そして新学期。
 僕のこの学校での生活も本格的にスタートした。
 そして、僕の生徒会での役職も臨時役員から庶務見習いに正式に(?)シフトチェンジしていた。
「普通、これって先生たちの仕事じゃないのかな…?」
 ものぐさな教師たちに苦笑しつつ、掲示板の画びょうを外していく。
「あら、西新井さん、ご苦労な事ですわね」
 後ろから声を掛けられる。
 振り向くとツインテールをなびかせた少女の姿。その周りを3人の女の子達が取り巻いている。
 確か同じクラスの…
「ソフトボール部エースで4番の刺須瀬笹子ですわ」
 そう、刺須瀬笹子さん。早口言葉みたいな名前を間違えたようなこの名前は憶えやすいのやら覚えにくいのやら。
 この高飛車口調は若干、西園寺会長とキャラが被る。会長は取り巻きなんか連れてないけど。
「わざわざ生徒会の小間使いなんて、もの好きでらっしゃるのね」
 嫌味を含んだ物言い。確かにわざわざ生徒会の仕事をするなんて物好きなことかもしれないけどさ。
「まぁ、もの好きでも好きなら良いんじゃないかな」
 そう言いかえしてやる。
「新たに転校してきたあなたにご忠告いたしますけど、生徒会と関わるのはご自分の名誉のためにお止めになった方がよろしくてよ」
 嫌味を言いかえしたつもりが、今度は何故か忠告された。
 そういえば教室でも僕が生徒会の手伝いをしているといったら皆の態度がよそよそしくなったような。
「一体、どうして…?」
「御存じありませんでしたのね。あの副会長が―――」
「西新井君!」
 苛立ったような声が響いてきた。
 声の方を向くと冨坂さんの姿。
 僕たちの話を聞いていたみたいだ。
「あら、お邪魔が入ったみたいね。それではごめんあそばせ」
 冨坂さんと入れ替わりに廊下を後にする刺須瀬さん。
 冨坂さんはその後ろ姿を苛立たしげに見送っていた。
 今の刺須瀬さんの話について詳しく知りたいところだけど、聞ける雰囲気じゃなさそうだ。
「とりあえず、生徒会室に戻ろうか」
 今の僕にはこれを言うのが精いっぱい。
 冨坂さんは僕の後ろを黙ってついてくる。



 冨坂さんと生徒会室へ戻る。
 扉をくぐるとそこには予想外の人がいた。
「あれ、君は……」
 僕の方を見てあちらも驚いた声を出す。
 そこにいたのは以前本屋で会った五日市青梅さんだった。
「へぇ、君、生徒会役員だったんだ?」
 冨坂さんと一緒に生徒会室に入ってきた僕をまじまじと眺めてそう訊いてくる。
「え、あ、うん。五日市さんこそどうし…」
「……何しに来たの?」
 最後まで言えなかった。
 冨坂さんが僕の言葉を遮ったから。
「副会長に何しに来たも何も無いんじゃない?」
 苛立ちに満ちた冨坂さんの言葉に対し、悠々とした態度でそう返す五日市さん。
「ふざけないでっ、あなたなんかに副会長なんてやってほしくないっ!」
 冨坂さんの激昂が生徒会室に響く。
 僕はといえば何が起きているのか理解できず、ただ茫然とするばかり。
「ジロちゃんは潔癖だねぇ」
 いつも通り机にもたれかかってゲームをしていた樹さんがのんびりと口をはさむ。
「ま、誰だって若気の至りで非行に走ることもあるさね」
「和子ちゃんは黙ってて」
 苛立つ冨坂さんの言葉。
 肩を竦めながら樹さんは口を閉じる。
 これ以上特に何も口出しする気は無いみたいだ。
「……よろしくて?」
 そこに、今度は今まで黙って静観していた西園寺会長が口を挟んだ。
「確かに、犯罪行為を行ったと言う人をこのまま生徒会に置いておくわけにはいきません。五日市青梅さん、貴女を本日をもって生徒会副会長の職から解任いたします」
 無情にも、五日市さんにそう言い渡す西園寺会長。
「……了解」
 それに対し、下された処分に特に異議も無く従う五日市さん。
「世話になったね」
 そう言い残し、生徒会室を立ち去ろうとする。
「……本当に、これで良いのですね?」
 その背中に西園寺会長が問いかける。
「うん、良いんだよ、これで」

「ちょっと待っ…」
 僕の言葉が届く前に、五日市さんは出て行ってしまった。
 静まり返る生徒会室。
「……一体、どういうこと…?」
 何が起きたのかわからない。
 夏休み、本屋で出会った五日市青梅さんが生徒会副会長で。
 二学期に唐突に役職を解任されて。
 一体、何が起きたというんだ。
 現状を理解できていない僕に対し、八王子君が一言、こう説明した。
「副会長の五日市青梅は万引きをして、停学になったんだ」



  • 最終更新:2013-10-04 22:17:04

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