2-5 真実

 真実を話したはずの深川さんの言葉が受け入れられず、五日市さんがそのまま汚名をかぶったままになった。
 一体、何故…?

 僕はこの学校で一番信頼できる教師の元を訪れた。
「竹ノ塚先生。五日市さんのことで話があります」
 いつものように進路指導室で煙草をプカプカとふかしていた竹ノ塚先生に開口一番言い放つ。
 この際、先生の態度に対するツッコミなどはやっていられない。
「話してみろ」
 先生は何かを予感したような表情で促してきた。
「五日市さんは無実です。彼女は万引きなんかしていない」
 事の真相を説明する。
 一通り聞き終わってから竹ノ塚先生はくわえていた煙草を灰皿に押し付けた。
「残念だが、それは認められないんだよ」
「いったいどうして…」
「大人ってのは面倒な生き物でな。自分の間違いを認めることが出来ないんだよ」
 そんなことを言った。
「どういう‥‥‥」
「いいか、今からする話は例え話だ。いいな」
 そう前置きしてから
「学校側はある女生徒が万引きをし補導されたという報告を受けた。連中は当然、彼女を停学処分にした。自分のところから犯罪を犯した生徒を出してしまったのは体面が悪いが、彼女を停学にしたことで一応の体裁は保たれた。そう安心した矢先、別の生徒が自首してきたことにより真犯人が発覚した」
 その例え話はまさしく、今回の事件のことだった。
「ただでさえ犯罪を犯した生徒が出たというのにもかかわらず、更に、無実の生徒を停学処分にしたと発覚したら学校の評判はがた落ちだ。だから学校側は、最初の女生徒をそのまま犯人として処罰することにしたんだ。幸い、その女生徒はもう一人を庇っているしな」
「……そんな」
「双方の生徒が事実を告げれば学校側も認めざるを得ないだろうが、生憎双方の言い分は正反対だ。だから、連中は、学校側の都合のいい方を真実とし、そして処罰を実施した」

 五日市さんが事実を認めない。それでは学校側も真実を認めない。

 学校側としても、ほぼ推薦確実な深川小松を停学にするよりも、五日市青梅を停学にする方が都合が良かった……

「でも…」
 そんなことは許されないはずだ。
「どうしようもないことがあるんだよ」

 たとえ真実でも、今更それを明かすことによって誰も得をしないんだよ。
 彼女を取調べした者。
 彼女を停学にした学校側の失態。
 彼女が庇った少女の今後。
 今更真実が明るみに出ても皆がデメリットを被るだけだ。

 竹ノ塚先生はそう言った。
 聞き分けのない駄々っ子を諭すように。

「個人の力ではどうにも出来ないことがある。たとえどんな理不尽な事だろうと、それを受け入れなければならない。大人になるってのはそういう事なんだよ」

 そう言葉にした竹ノ塚先生は、自分の無力さを悔いているかのようだった…

 ここまで真実が分かったのに、それを認められないだなんて…


 打ちひしがれて生徒会室へ戻る。
 そこには心配そうにした西園寺会長がいた。
 帰ってきた僕に声を掛けあぐねている。
「会長、もしかしてあなたは真犯人を知っていたんじゃないですか?」
 会長は何も言わない。ただ僕の話を黙って聞いている。
「いくらなんでも五日市さんの幼馴染のことを生徒会の誰も知らなかったとはとても思えない」
「………」
「会長ならこの真実に気付いていたはずだ」

 会長も、みんなわかってたんだ。
 だから何も出来なかった。
 僕だけが、ただ空回りをしていたんだ。
 そして、現実の理不尽さを突きつけられた。
 僕は無力だ……

「あややは自分のやりたいことをやった。その結果がどうであれ、その行動は無意味なんかじゃないよ」
 珍しい樹さんの慰めの言葉。
「別に慰めなんかじゃないけどな……」
 拗ねたようにそっぽを向いてしまう。
「どっちかっていうと、悔しいって感じか?」
「うるさい」
 若干にやけ気味に八王子君が発した言葉にそのまま返す。
 よくわからないけど。

「それにしても…」
 五日市さんは深川さんを守るために自分が汚名をかぶった。
 深川さんの今後のために。
 彼女は、本当にそれでも良かったんだろうか…
 自分を犠牲にしてでも…
「自分がどうなっても、それでも守ってやりたかったんだろ?」
 八王子君がそう言う。
「それほど大切な幼馴染ってやつだったんだ」
 ちらっと西園寺会長を見る。
 八王子君の会長を見る目。それには何か温かいものが混ざっているような、そんな感じだ。
 でも、その視線に当の本人は気づいていない。

 大切な幼馴染…
 胸がちくりと痛む。小さな棘が胸に引っ掛かる感じ。
 大切なモノ、か……

 自分を犠牲にしてでも幼馴染を守ろうとした五日市さん。
 彼女のその行動が正しかったとは思わない。
 それでも、彼女のその気持ちを否定することは出来なかった。
 大切なものを守りたい、そう思うのは人として当然なんだから。

 でも、それでもやっぱりこのままでいいとは思えない。

「ふぅ……」
 会長が一つ、溜息を吐く。
「何か勘違いをしておられるようですけど」
 その長い髪を手でなびかせながら、いつものように自信たっぷりにこう告げる。
「彼女の無実を認められなくても、認めざるを得ない状況を作りだせばよろしいのではなくて?」
「それって、どういう…?」
「人の口には戸口はたてられない、と言いますでしょ?」
 そう言ってウィンクした。

――――

進路指導室。
そこにある二つの影。

「……すまなかったな、お前を助けられなくて」
「私が自分で決めたことですから。それに、先生が必死に私のことを庇ってくれていたのは知ってますし」
「お前は本当にこれで良かったのか?」
「自分で決めたことですから」
 その頑固さに溜息を吐く。
「お前のしていることは決して正しい事じゃないし、教師の立場としても認めることなんてできないが、お前のその気持ちだけは認めてやる」
「ありがとうございます」
 少女が頭を下げる。
「ただな、」
 そんな少女に告げる。
「仲間を裏切るな。お前を信じている仲間達を、お前から拒絶する事なんてないんだ」
「……良いんですかね…」
「あいつらがお前を信じている限りは、な」
 そうして、一つ、煙を吐きながら
「友情や青春ってのは一生の宝物なんだからな」
「似合いませんね」
「まったくだ」




  • 最終更新:2016-01-15 19:24:48

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