2-7 告白
辺りを包む喧噪。
流れるBGM、皆の生き生きとした声、楽しそうな笑顔。
文化祭が始まった。
文化祭は文化祭実行委員が主に取り仕切っているため、僕達生徒会は別段、特に何かをやっていたわけではない。
せいぜい実行委員が挙げてきた予算案の精査を樹さんが行ったくらいだ。
あと生徒会の仕事といえば、当日羽目を外し過ぎたり、申請と違ってとんでもない出し物をしたりする団体が無いかの見回りくらい。
僕たちのクラスは一応焼きそばの屋台を行っているため、店番の無い時間を使っての見回りだ。
ちなみにクラスの焼きそば屋台、それも問題なく準備が進んだ…わけではなく、冨坂さんがソースの発注量を一桁間違えたりして一悶着あったわけなんだけど、それはまた別のお話。
僕は今冨坂さんとペアになって学校内を廻っている。
「ある程度噂も収まってきたね」
見回りを続けながらそれとなく口にする。
噂。
五日市さんの無実を伝えるため、会長が流した噂。
人の口には戸はたてられない。
例え学校側が認めなくても、五日市さんの無実は人の口から人の口へ語られていった。
ただし、犯人の名は伏せて。
結論から言うと。
学校側は五日市さんを停学にしたという事実を正当化した。
彼女が犯人ではなくても、真犯人を隠蔽した。
それだけで停学に値する、と。
彼女への学校側の評価を戻すことは出来なかった。
でも、周りの五日市青梅への評価は変わった。
自分を犠牲にしてでも友達を助けた情の人、と。
彼女の汚名は少なからず晴らすことは出来たんだ。
そして五日市さんは現在、生徒会の庶務として働いている。
やはり、彼女の抜けた穴は大きすぎるため、彼女の力は必要ならしい。
生徒会復帰を渋る五日市さんに西園寺会長は
「あら、ワタクシは副会長の任を解任すると言っただけで、生徒会役員としての資格を剥奪するとは一言も申しておりませんことよ?」
と言って無理やりにでも復帰させてしまった。
恐るべき強引さだ、会長…
「……あたし、青梅ちゃんのことを信じてなかった。悪いことをしたんだって、決めつけて勝手に嫌って……」
冨坂さんが自分の過ちを、親友を傷つけ傷つけられたという後悔をこぼす。
「でも、仲直りできたんだよね?」
「うん」
それでも彼女らはやり直すことが出来たんだ。
「西新井君、あたしと青梅ちゃんのために頑張ってくれてたんだよね」
「いや、まぁ…」
実際のところ、ただの空回りで何の役にも立ってなかったけど。
真実を知りたかった。
真実が、知りたくてもわからないことがあるのはやはり辛いことだから。
取り戻すことのできる真実があるのならば、どうしても取り戻したかったから。
それに、誰かが悲しんでいるのは嫌だったから。
でも、それだけじゃなくて
僕が五日市さんの無実を証明して、またその笑顔を見たかったから。
その笑顔を再び、僕の方に向けてほしかったから。
僕は自分の無力さを痛感した。
会長が流した、五日市さんの噂。
いくら人の口には戸は立てられないと言っても、そうすぐに噂は広がるわけではない。
会長は噂を広げるための下準備をずっと前からしていたのだ。
そう、僕が五日市さんのことを調べる前から。
僕が何かをしなくても、事は運び、全ては丸く収まった。
結局のところ、僕が勝手に騒いで、調べて、挫折して。僕の独り相撲でしかなかった。
そんな僕が誰かを助けたいなんて、おこがましいにもほどがある。
「ありがと」
でも、そんな僕に冨坂さんは礼を言ってくれた。
「僕は何にも役に立てなかったからさ…」
冨坂さんの礼が、今の僕には辛い。
「ううん、確かに西新井君が何かしなくても、全部上手くいったのかもしれない。でもね」
冨坂さんが僕の正面に回り込み、目を見ながら告げる。
「西新井君があたしたちの為に何かしようと頑張ってくれたことは事実だから。あたしはそれが嬉しかったから」
彼女が微笑む。
その笑顔で救われた気がする。この笑顔が見られたから、例え無駄でも何かをしようとしたことは意味があったんだと、そう思えた。
「さぁ文化祭も盛り上がってきました。校内放送は引き続き放送委員・来々谷唯瑚がお送りします。それでは早速次のコーナー『本日の2-4稲村真人君』出張版をお送りいたします」
放送が流れ、文化祭特有のざわめきが廊下を包む。
「さぁ、お仕事しよっか」
文化祭も盛り上がってきている。
羽目を外し過ぎた生徒がいないか見回りをするのが僕たちの仕事。
二人で頑張らなくちゃ。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、時刻は夕暮れ時。
後夜祭が始まった。
校庭の真ん中で赤々と燃えるキャンプファイヤー。
その周りを踊る生徒たち。
その光景を冨坂さんと二人で教室の窓から眺めていた。
「西新井君ってさ…」
窓の外を見つめながら冨坂さんが口を開く。
「頼りないところもあるし、でも頼まれると断れなくて、お人好しでいつも損な役回りで馬鹿をみてるような感じだけど」
「相変わらず、ズバズバ言うね…」
「でも、例え無駄なことでも、いつも誰かのために一生懸命で」
校庭からの光を横顔に浴びながら、
「あたし、そんな西新井君のこと、好きだよ」
僕の目をまっすぐに見つめてきて告げる。
「僕も……」
その時、ふと、脳裏に過った姿。
一人の少女。
一見すると眠たそうに気だるげないつもの表情に、ふてくされた様な、寂しげな感情を宿して…
自分にだけは彼女の心の内が分かっている。
でも、脳裏に映った少女のその顔はおぼろげで、まるで思い出すことが出来ない。
一体彼女は誰なんだ…
少女の寂しげな顔を振り切るように頭を振る。
失われてしまったモノ、過去のそれにいくら手を伸ばしても届かない。やはり、今更どうにもできないのかもしれない。
でも、今この時、この手で掴みとれるものはある。
目の前にある幸せ。
想い。
僕は目の前の少女に応える。
「僕も、冨坂さんのこと、好きだよ」
五日市さんは深川さんのために自分から罪をかぶった。
誰かが幸せになるためには他の誰かが不幸にならなければならないのかもしれない。
それは自分の知らない誰かなのか、それとも身近な親しい人なのか。
今この瞬間、僕が幸せを手に入れることによって、誰かが不幸になっているのかもしれない。
それでも、どうしようもなく、今僕は幸せなんだ。
願わくば、全ての人が幸せでありますように…
- 最終更新:2016-01-15 19:29:47