3-1 ドキドキの学園祭デート

 不器用で、無愛想で、人に誤解されやすい娘だった。
 でも本当は人より感情表現が苦手なだけな、恥ずかしがり屋な女の子だったんだ。
 彼女のたまに見せる嬉しそうな笑顔が、僕は本当に大好きだった。
「大丈夫、僕はずっと   のそばにいるよ」
 遠い日の約束。
 その笑顔はまるで露草のように儚く消えていく。
 それが誰だったのか、その名前も思い出せない。
 だって、彼女はもう―――





「はい、クレープ」
 屋台で買ってきたクレープを手渡す。
「ありがと、西新井君」
 僕の隣には冨坂メジロさん。
 この街に帰ってきてから出逢い、そして結ばれた僕の彼女だ。
 そんな彼女と今日は他校の学園祭に遊びに来ている。

 月見丘学園。
 この街にあるもう一つの学園であり、月下高校の姉妹校でもある。
 恋花が通うのもこの学園。
 以前、この学園の生徒会との交流会議をした時に是非とも学園祭に遊びに来てくれと招待されたこともあり、今日は二人で学園祭デートをしようという話になったのだ。
 それに、今回は生徒会の仕事ではないから純粋に楽しめるしね。


 二人で色々な出し物を見て回る。
 ウチの学校でもそうだったけど、生徒が一丸となって盛り上げるお祭りなだけあって、やっぱり活気が違う。
 みんな生き生きとした顔をしている。
 自然、二人とも笑みがこぼれる。
 そんな中、一つの出し物が目に付いた。
 何か滅茶苦茶並んでる。
 ここは…お化け屋敷……?
 看板にはそう書いてある
 それはいいんだけど、お化け屋敷って文字よりも

『制作協力:生徒会木之下書記&瀬野副会長』

 って文字の方が異様に大きいんだけど…?
 普通は一団体につき教室は一つずつの割り当てのはずなのに、この展示だけ前と後ろの出入り口を繋げて二つ使っている。
 生徒会監修だから…?
 お化け屋敷を出店しているクラスはいくつもあるはずなのに、ここだけやたら人気なのはそういうこと?
「面白そうだね、ちょっと入ってみよっか」
 冨坂さんが興味深げに僕の袖を引っ張る。
 イメージ的には冨坂さんってお化け屋敷とか苦手そうだけど、所詮は学生が作ったお祭りのお化け屋敷。
 たかが知れてるからってところだろうか。
 冨坂さんならそう言いそう。
 まぁ、こんなに人気なら僕もちょっと興味ある。
 お化け屋敷といったら文化祭の定番だし、デートにはもってこいだし、是非もない。
 二人して列に並ぶ。
 行列の割には回転は早く、10分ちょっとで入ることが出来た。

―――で、感想としては

 ……酷かった。
 何がって、これを人の手で作り上げたという現実が。
 人の手で作り出してはいけないモノ。そのモノを作り出してしまった罪。
 それはこの世の理を違えること、神をも恐れぬ愚行である…

 中で見聞きしたことは思い出したくもない、というか脳が思い出すことを拒否している…
 どうせ失われるのであれば、こんな記憶こそが失われるべきなのではないかと思う。
 これを作り上げたのは鬼か悪魔かなんじゃなかろうか…
 世間一般のお化け屋敷というものがこれと同じだと言うのなら、もう二度とお化け屋敷になんて入りたくない…

「…ご、ごめん、西新井君、あたしトイレ…」
 半泣きになった冨坂さんがスカートをおさえ、足をもじもじさせながらそう告げる。
「う、うん」
 涙で目を潤ませ、真っ赤になったその顔を見て、あまり追及しないでおく。
 色々と妄想が浮かんでくるけど、頭を振って、浮かんだ煩悩を振り払う。

 冨坂さんを待っている間。

「えっ……?」
 驚く声。
 声の主を見る。
 そこに立っていたのは恋花。
 僕の姿を見て動揺している。
「何で、あんたがここに…っ」
「何でって、この学校はウチの学校の姉妹校だからね。学園祭に遊びに来たんだよ」
 そういえば恋花には僕が学祭に来るって伝えてなかったっけ。
 もしかしたら校内で会うかも、とは思ってたけど。
 それにしても、何やら僕がいることに不都合があるかのような様子の恋花。
 一体、どうしたんだろう…?
「だって、あんたまだ……」
「うん?」
「……ううん、何でもない」
 何か言いかけたが、諦めたのか思いとどまったのか。
「まぁ、学祭うろついてるとも思えないし、大丈夫よね…」
 何やら呟きながらも再び僕の方を見て
「ま、適当に楽しんでいきなさいよ」
 そう言ってくれた。
「うん、ありがと。そういえば恋花のクラスは何か出し物してるの?」
「え、あ、うん。別にウチのクラスには来なくていいんだけど…」
 何やら歯切れが悪い。
「どうかしたの?」
「あ、いや別になんでもない。ウチのクラスもお化け屋敷やってるのよ」
 ……!?!?!?
 条件反射で身構えてしまう。
「…?どうしたのよ」
「あ、いや、うん。そ、そう、お化け屋敷やってるんだ?あ、あははは……気が向いたら行かせてもらうよ」
「だから来なくていいってば…」
 お化け屋敷は人気の出し物だから、いくつかのクラスが出店してるけど、もう最初の一店で懲り懲りだ。流石にもう行きたくはない。
 恋花もあまり来てほしくないみたいだし、ちょっと遠慮させてもらおう。


 恋花と別れた後、ちょうど入れ違いに冨坂さんと合流。
 さっきのことは忘れて、的なオーラを纏ってるので僕も敢えて口にはしない。
 今、冨坂さんのスカートの中がどうなっているのか、ということも敢えて気にしない。滅茶苦茶気になるけど気にしない。
 ちょっと二人で照れながら廊下を歩いてると
「あー、あやおにいちゃーん!!」
 予想外の声。
 人混みから突然りんごが飛び出してきた!
「あれぇ?りんごちゃんだ」
「りんご、どうしてここに?」
 橘りんご。
 僕がお世話になってる家のお子さんで、僕に懐いてくれてる従妹の女の子だ。
「あたしのお友達がここで先生をやってるんだー」
 声の方を振り向くと、そこには橘いちごさんがニコニコしながら立っていた。
 友達が教師として働いているからって、普通その学校の学園祭に遊びに来るものだろうか?
 よっぽど仲がいい友達なんだろうな…
 まぁ単にりんごを楽しませたいってのもあるんだろうけど。
 端から見ると、下手すると迷子に間違えられそうないちごさん。
 そんないちごさんと確か初対面のはずの冨坂さん。
「りんごちゃんのお姉さん?」
 冨坂さんが袖を引っ張りながら小声で僕に尋ねてくる。
「いや母」
「うそっ!?」
 うん、普通はそう思うよね。
 僕の母方の叔母、橘いちごさん。
 こうやっていちごさんとりんご(5歳)が並ぶと、仲のいい姉妹って感じに見える。
「…いったい、何歳なんだろ……?」
 本人は以前、永遠の17歳って言ってたけど、むしろもっと幼く見える。
 ある種の妖怪なんじゃないだろうか、とも勘ぐってしまう。
 座敷童とか。
 と、こそこそ話してる僕たちの様子を見て
「いいねぇ、彼女と文化祭めぐりとか、俺とアイツのスクールデイズ、略して俺イズって感じだねぇ」
 意味わかりません。
 ニコニコ、というより、ニヤニヤしながらからかってくるいちごさんに
「と、ところで、そのお友達には会えたんですか?」
 話題を変えるためそう訊いてみる。
「うん。会えたよ。スーちゃんのメイド服姿可愛かったよね~」
「ね~!」
 りんごと一緒に首を傾けながら笑いあう。
 その姿はまさしく仲のいい親子なんだけど…
 お友達って教師ですよね?
 教師がメイド服着てるの?
 あまりツッコまないほうが良いんだろうか…?

「さてと、あんまりお邪魔しちゃ悪いし、あたし達も別の場所に行こっかな」
「え~、おにいちゃんたちといっしょにまわりたい~」
 気を利かせてくれたいちごさんにりんごが駄々をこねる。
 冨坂さんさえよければ僕はりんごたちと学園祭を廻ってもいいんだけど…
「駄目よぉ、りんごちゃん。お兄ちゃんとお姉ちゃんはこれからイチャイチャするんだから、邪魔しちゃ、めっ」
「いや、あの…」
「イチャイチャって…」
 とんでもないことをりんごに吹き込むいちごさん。
「そっかー、おにいちゃんたちいちゃいちゃするんだ~」
 ほらぁっ!!りんごも真に受けちゃってるし!?
「ってなわけで、お二人ともごゆっくり~♪」
 と、りんごの手を引き、有難迷惑な気を利かせて人の群れに消えていくいちごさん。
 相変わらず不思議な人だ…
「あ、あははは…」
 流石の冨坂さんも渇いた笑い。


「この後どうしよっか」
「う~ん、あ。演劇部の公演とか面白そうかも」
 学園祭のパンフレットを眺めながら作戦会議。
 だけど、それがいけなかった。
 手元に意識を集中させていたせいで、人の流れにより冨坂さんと分断される。
 冨坂さんはそのことにまだ気づいていない。
 やばいっ。人ごみに流され、冨坂さんとどんどん離される…!
 そんな中、

 どんっ

「あたっ」
 焦ってたせいで周りをよく見ておらず、人とぶつかってしまった。
「アヤ……」
「うん?」
 唐突に名前を呼ばれる。僕の名を呼んだ相手。その顔を見て首を傾げる。
「あれ?君は確か…?」
 一瞬、頭を鈍器で殴られたような、そんな錯覚を覚える。
 頭の中に走るノイズ。
 一体、何だ…?
「……露…日枝露だよ…」
 彼女は絞り出すように、そう名乗った。
 暫く考える。
 僕の数少ない記憶の中の顔と照らし合わせる。
 そういえば、何度も見返し、確認した中学の時の卒業アルバムに、彼女の顔があった。
「あぁ、そうそう、中学の時一緒のクラスだった日枝さん。久しぶり」
「……っ。何で、こんなところに?」
「ああ、またこっちの方に引っ越してきてね。それで友達に誘われてこの学校の文化祭に遊びに来たんだ」
 友達に、というより彼女に、が正解だけど。
 何となく、そう誤魔化してしまった。
「……ふぅん…」
 一方、つまらなそうに頷く日枝さん。なんだ、この娘。
「調子は……どうなん?」
 言いづらそうにそう訊いてくる。
 そっか、中学の時の同級生なら僕の事情を知っていてもおかしくは無い。
 腫れ物に触るような、そんな感じなのかもしれない。
「まぁ、おかげさまで何とかやれてるよ。まだちょっと戸惑うこともあるけどね」
「……そう…」
「西新井く~ん、何してるの~、他の所いこーよ~」
 僕を呼ぶ声。
 向こうの方で冨坂さんが手を振って呼んでいる。
「…呼んでるぞ、行ってやれよ」
「あ、うん。じゃ、またね日枝さん」
 軽く手を挙げ、冨坂さんの方へ走る。
 人の群れをかき分け、冨坂さんの元へ向かう途中、
 自分の言葉に小さな違和を覚える。
 『日枝さん』
 そう言った自分の言葉に、何か引っかかるものがあった。
 何が引っかかっているのか、それはわからない。
 ただ、何か、小さなとげが刺さったかのような些細な違和感。
 それが一体何なのか。
 嫌でも僕の今の状態を再確認させられる。
 どうにもできない、はがゆい今の状況。
「また、なんて、もう来ねぇんだろ……」
 ただ、彼女の、そんなつぶやきが聞こえたような気がした。


 結構レベルの高かった演劇の公演を楽しみ、その後は適当にクラブの展示会場を覗いていく。
 次に入ったのは写真部の展示会場。
 クラシック音楽をBGMに、静かな雰囲気の下、展示されている写真を見て廻る。
 クラシカルなモノクロ写真や色鮮やかな写真、様々な作品が並ぶ中、ある一枚の写真の前で自然と足が止まった。
 夕暮れに染まる丘。
 どこか懐かしい景色の写真。
 撮影者は……日枝露。
 さっき出会った少女だ。
 じっと見ていると、何かとても大切なことを思い出せそうな、そんな不思議な写真だった。
 それはこの写真が醸し出す雰囲気か、それともこの場所自体に、なのか。
 何だか心がモヤモヤする…
「西新井君、どうしたの?」
 そんな僕の顔を、冨坂さんが不思議そうに覗き込んでくる。
「綺麗な写真だね」
「うん…」
「ここって、月見丘かな」
「月見丘……?」
「うん、あそこの夕日って綺麗なんだよね。今度写真じゃなく、実際に見にいこっか」
「そうだね」
 冨坂さんとのそんな些細な約束。
 これからのことを想うと、さっきまでのモヤモヤがどこかへ消え去ってしまった。


 後夜祭。
 野外ステージでバンドメンバーがラストを飾るライブをしている。
 途中で筋肉隆々の生徒が乱入し、パフォーマンスをしたり、ガタイのいい生徒が「俺だけの翼へ送る愛を~」とかマイクパフォーマンスをしたりもしていた。
 それを二人で眺める。
「あたし、今幸せだよ」
 唐突に冨坂さんが僕に向けてくる。
「こうやって好きな人と一緒に歩けて、一緒に楽しんで。こんなに贅沢でいいのかってくらい」
 冨坂さんが笑いかけてくる。
 僕の大好きな人の笑顔。
「僕も。僕も今、冨坂さんと共に過ごせて嬉しいよ」
 今この時のかけがえのない時間。
 二度と手放したくない幸せ。
 『これまで』は無くとも、『これから』は続いていく。
 だから……
「これからも、もっともっと思い出を作っていこう」
 大好きな人と二人で。



  • 最終更新:2016-02-29 22:28:40

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