3-3 初詣

 除夜の鐘が鳴り響きはじめた。
 次第に混んでいく境内。
 肌に突き刺すような冷たい空気。吐く息も勿論真っ白。
 今日は12月31日大晦日。
 僕は冨坂さんと一緒に月見丘神社に初詣に来ていた。

 夏祭りの時ほどではないけど、ちらほらと出店の屋台も散見する。
 的屋の人たちにとってはこういう年行事のイベント事は稼ぎ時なんだろう。
 僕達にとってもこういう屋台が並ぶだけでお祭り気分を味わえて楽しくなってくる。
 色鮮やかな屋台の灯りに反して、神社の裏手には木々が立ち並び、夜の闇と相まってちょっと不気味だ。
 その木々を抜けていくと丘への近道だという。
 丘。通称月見丘。正式な名前はあるのかどうかも分からないけど、他にも月見ヶ丘とか月見ヶ原とか様々に呼ばれているらしい。
 そういえば以前、冨坂さんと月見丘の夕日をいつか見ようと約束したけど、結局まだその約束を果たしてはいないな。

 屋台が賑わう一方、まだ年が明けてないからかお参りをする人は殆どいない。
 年が明けてからだとお参りするのに並ばなきゃいけないだろうから、今の内にお参りを済ませたほうが効率的なんじゃないかとも思うんだけど。
「初詣って、やっぱり年が明けてからするものなんだよね」
「…まぁ『初』詣だからそうなんじゃないかな?」
 何をおかしなことを言ってるんだろうという目で見られる。
 いやぁ、なにぶん、初詣に行った記憶も無いわけで。
 今年が終わるまであと数十分。
「とりあえず、その辺の出店を見て廻ろうか」

 境内を廻っていると袖を引かれる。
 見ると足元にはりんごくらいの小さな女の子。
「ままがいない」
 目に涙を浮かべそう訴える女の子。
「えっと、君、お名前は?」
 しゃがんで女の子と同じ目線になりながら訊ねる。
「わかば」
「わかばちゃん、お母さんとはぐれちゃったのかな?」
 こくりと頷く女の子――わかばちゃん。
 この人ごみでお母さんとはぐれてしまったようだ。
 それにしても、いくら大晦日だからといって、こんな時間にこんな小さな子を連れて初詣とか、親の気がしれない。
 りんごだって初詣に行きたいとぐずってたけど、流石のいちごさんもそれを許さず大人しく布団の中だ。

「どうしよっか」
 一緒にお母さんを探すといっても何処にいるのか見当もつかない上に、この人ごみ。
「わかばちゃんのお母さんもきっとわかばちゃんのことを探してると思うし、わかりやすい所に居たほうがいいんじゃないかな?」

 というわけで、迷子受付も兼ねている社務所にわかばちゃんと共に来る。

「迷子の子ですね」
 巫女さんが優しい笑顔で迎えてくれる。
 ぎゅっ。
 僕の服を掴み、背中に隠れるわかばちゃん。
 僕の背中越しに恐る恐る大人の人たちを見る。

 何だか不思議な気分。
 以前もこんなことがあったような懐かしい感じ。
 わかばちゃんとは今日初めて会ったばかりだというのに。

「お母さんが来るまでここで待っていようね」
 まだ服を離してくれないわかばちゃん。
 僕は冨坂さんと目配せをし、
「ママが来るまでお兄ちゃんたちと遊んでよっか」
「うんっ」

 結局、親御さんが迎えに来るまでわかばちゃんと一緒にいることに。
 親御さんが迎えに来て僕達が解放される頃には既に年が明けていた。
「おにいちゃん、おねえちゃん、ばいばーい」
 二人でわかばちゃんに手を振る。
「西新井君って子供に懐かれるんだね」
 その姿を見送りながら冨坂さんが楽しそうに言う。
「西新井君って良いパパになりそう」
「あははは…」
 まだ高校生ですけど。
「西新井君がパパなら、ママも大助かりだなぁ」
「…え?」
「あっ、いや、その、そういう意味じゃなくてねっ」
 慌てて弁解する冨坂さん。
 何だか気恥ずかしい。
 二人して赤くなる。

 そんな火照った頬を冷ます北風。
「さむっ」
 思わず身震いする二人。
「そろそろお参り行こっか」
「そうだね」
 神殿の方へ歩き出す。
 自然と繋がる手と手。
 お互いの掌からぬくもりを感じる。
「こうすれば温かいよ」
「うんっ」
 掌だけじゃなく胸も温かくなる。
 と、
「ま、何はともあれ、今年もよろしく、ってことで」
 どこかで聞き覚えのある懐かしい声。
 そちらを見てみると。
「…あれ、恋歌に…日枝さん」
 そこにはおみくじを見せ合っていた二人の少女。
 恋花と、文化祭の時に出会った少女、日枝さん。
 僕の声にその二人がこちらを向く。
 意外なところで出会ったからか、二人は驚きに目を見開いた。

 二人の視線は自然と繋がれた僕たちの手に。
 何だか気恥ずかしい。
「誰?」
 冨坂さんが小声で訊ねてくる。
「えっと、親戚の恋花と中学の時のクラスメイトの日枝さん」
 僕も小声で冨坂さんに説明する。
「ふ~ん…」
 冨坂さんが何か含みを持った感じで呟きを漏らすが、ふと恋花の方を見て
「顔色悪いけど大丈夫?」
 見ると恋花の顔は真っ青だ。
 気分が悪い、というよりも、まるで恐ろしいものを見たかのようなそんな顔。
「え…あ、うん…」
 恋花の方もはっきりしないような物言い。
「…ったく。委員長の方が動揺してどうするんだよ」
 そんな恋花に対して日枝さんが告げる。どういう意味だろう…?
「…悪いけど、ワタシ達はもう行くから」
「あ、うん。お大事に」
 恋花を引っ張るようにして去っていく日枝さん。
「恋花、大丈夫かな…」
 具合悪そうだったし。日枝さんが付いてるから大丈夫だとは思うんだけど…
 ふと、冨坂さんの方を見ると、ちょっと不機嫌そうな様子。
「えっと…どうかした冨坂さん?」
「あたしのことは冨坂さんなんだね」
 更にむすぅっとした様子。
「…え?」
「恋花さんは『恋花』で、あたしのことは『冨坂さん』なんだね」
 寂しげに俯きながら呟く。
 …あぁ。そういうことか。
「…えっと、ごめん。メ、メジロさん」
 その言葉に顔を上げ、
「うんっ。綾瀬君」
 笑顔を向けてくれた。

「なんか、イチャイチャしてるところに出くわしちゃったかな」
 またも唐突にかかる声。
 声のした方を見ると今度は五日市さんと深川さん。
「やっ、メジロに西新井君」
 片手をあげ挨拶する五日市さん。
 その隣で深川さんがペコリと小さくお辞儀する。
「二人も初詣?」
「うん。本当は樹も誘ったんだけど、この寒いのにわざわざ外に出たくないって断られた」
「あはは…樹さんらしいね」
 なんか袢纏を羽織ってコタツでゲームをしているイメージが湧く。
「昨年は君にもお世話になったからね」
「いや、僕は何も出来なかったから」
 色々と自己嫌悪ばかりだ。
「ふふっ、君らしいね。ま、今年も宜しく」
「うん、こちらこそ」
「メジロも…」
 ちらっと、メジロさんの方を見て、何かを思ったのか口をつぐみ、
「それじゃあ、これ以上お邪魔するのも何だし、私たちは撤収するよ」
 メジロさんに目配せをして、深川さんを連れ颯爽と去っていってしまう。
 う~ん、何かカッコいいな。

 それにしても気になるのは、さっきから一言も発していないメジロさん。
 彼女の視線の端には恐らく深川さん。
「…まだ深川さんのこと許せない?」
 メジロさんは泥棒のことを憎んでいる。
 そして深川さんが犯した罪を代わりに被ったおかげで、メジロさんの友達の五日市さんの立場が悪くなった。
 そんな深川さんのことをメジロさんが許せないのも無理はないと思う。
 だけど…
「深川さんは自分の犯した罪を後悔していて、それを償おうとしている。その気持ちだけでも認めてあげられないかな…?」
 きっとこの先も、彼女は後悔し続ける。きっと永遠に消せない罪を背負い続けるのだろう。
 それが彼女に課された罰。消すことの出来ない傷なのだ。
「……それは頭ではわかってるの。でも、やっぱり、心のどこかでは受け入れられない自分がいるの…」
 俯く。心にモヤモヤしたものを抱えて。
 そんな自分が許せなくて。
「駄目だよね、あたし……心が狭くて、嫌な女だよね…こんなんじゃ、綾瀬君に嫌われちゃう…」
 そんなメジロさんを抱きしめる。
「そんなことはない。だって、メジロさんは以前は泥棒だと思ってた五日市さんのことを頑なに拒否していた。でも今は、メジロさんなりに深川さんのことを受け入れようと努力している」
 いつでも一生懸命で、ひとりで傷つき続けてきて、自分も強く変わろうとして。
「そんなメジロさんを嫌いになるわけなんて無い」
 僕だって彼女に嫌われたくなくて隠している秘密がある。
 この秘密を告げたら、彼女の僕に対する目が変わるかもしれない。
 それが怖くて、付き合ってからも明かせないでいた。
 でもいつかはきっと…



 今年は本当に色々なことがあった年だと思う。
 この街に帰ってきて、皆と、メジロさんと出会って、そしてこうしてメジロさんと付き合うことになって。
 例え、その場で足踏みを続け前へと進んでいないのだとしても、それでも何かは必ず変わってきている。
 それが良いことなのかどうかわからないけれど…
 それでも、きっと幸せな未来が待っていると信じているから…

 お参りを済ます。
「何お願いしたの?」
 彼女の問いに笑顔で答える。
「大切な人といつまでも一緒にいられますように、ってね」


  • 最終更新:2016-03-31 19:02:45

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