3-6 記憶の欠片

 不器用で、無愛想で、人に誤解されやすい娘だった。
 でも本当は人より感情表現が苦手なだけな、恥ずかしがり屋な女の子だったんだ。
 彼女のたまに見せる嬉しそうな笑顔が、僕は本当に大好きだった。
「大丈夫、僕はずっと   の傍にいるから」
 遠い日の約束。
 その笑顔はまるで露草のように儚く消えていく。
 それが誰だったのかその名前も思い出せない。
 だって、彼女はもう、

 僕の中から消えてしまったんだから…





 一番最初の記憶は母親の陰に隠れているその姿。
 幼い頃、この街に引っ越してきた僕は一人の女の子と出会った。
 人見知りで、母親の背中に隠れていたその子と友達になりたくて。
『はじめまして。ともだちになってくれるとうれしいな』
 最初は戸惑いながら、それでも照れながらも、その子はうなずく。
『……うん』
 
『いっしょにあそぼう』



 この街に帰ってきてからかき集めた記憶の断片。
 それはまるで砂浜の貝殻のように小さくて。
 それでも一つ一つ宝石みたいに輝いていて。

 思い出の街を走り抜けるたび、取り戻していく大切な思い出。


 公園を過ぎる。
 いちごさんから貰った写真。
 そこでは一面雪に覆われていた。



『うおりゃ』
 ばしっ
『冷たっ!やったなぁ』
 降り積もった雪に二人ではしゃいで、雪玉なんかを投げ合ったりして。
『おもしろそ~、お姉ちゃんも入れてくれないかな~?』
 たまたまこの街に遊びに来ていたいちごさんがあの子に笑顔で話しかける。
『こんにちわ』
『むぅ…』
 さっ
 でも、あの子はやっぱり恥ずかしがり屋だからすぐ僕の背中に隠れてしまって。
『ありゃりゃ、嫌われちゃった?』
『恥ずかしがり屋なだけだよ。ほら、叔母さんも入れてあげようよ』
 僕の背中に隠れる少女に告げる。
 みんなで一緒に遊んだ方がきっと楽しいから。

『相変わらず人見知りがはげしいね…』
『うるさい』
『僕と初めて会った時もこんな風にお母さんの後ろにかくれていたっけ』
 それがいつしか、その子の隠れる背中は僕になっていた。


 記憶の欠片を集めていく。


『二人ともこっち向いて~』
『むぅっ』
 さっ
 いつものようにあの子が僕の背中に隠れる。
『かくれてちゃ写真とれないよ』
『とらなくていい』
 むすぅっとした顔で恥ずかしがる彼女。
『思い出に残そうよ』
『…ずっと覚えてるからいい』
『もう、恥ずかしがりやなんだから』
 そんな彼女に思わず苦笑してしまって。



 走る。
 約束のあの場所まで。

 月見丘神社に着く。
 石段を駆けあがる。



 夏祭りに一緒に行った。
 あの子は珍しくおめかしをして。
 お母さんに着つけてもらった浴衣を着て。
 髪も綺麗に結ってもらって。
 そんな姿を見られることに、ちょっと照れくさそうにしていて。
 二人で一緒に屋台を廻ってお祭りを楽しんだんだ。

 でも、二人は些細なことで喧嘩してしまって。
 彼女は人ごみの中に駆けて行ってしまった。
 彼女を探しながら、どうしたら機嫌を直してもらえるだろうって悩んで。
 屋台の店先で見つけたぬいぐるみ。
 仲直りするために頑張って射的でクマのぬいぐるみをとって。

 彼女を漸く見つけた時、彼女は世界で一人ぼっちになってしまったかのように、とても心細そうに寂しそうにしていた。
 そして僕の姿を見つけるなり、ほっとしたような、泣きそうな、でもバツの悪そうな顔をしていた。

『はい、これ仲直りのしるし』
『くま……』
 そんな彼女にぬいぐるみをプレゼントして
『がんばってとったんだよ』

 彼女は嬉しそうにぬいぐるみを受け取った後、照れくさそうにクマに顔をうずめ、
『……ありがと…』
 と小さくつぶやいて。
 でも、そんな彼女の姿を見て嬉しくなってずっと見つめていたら
『うさぎの方が良かった』
 って、天邪鬼な彼女はそんな照れ隠しをして。
 そんな彼女の姿が愛おしくて、思わず笑みがこぼれて。
 今度は離ればなれにならないように。
 彼女を一人ぼっちにしないために。
 しっかりと手を繋いで。
『さぁ、これからもっともっと楽しいこといっぱいあるよ!』
 彼女と一緒なら。



 木漏れ日の漏れる雑木林。
 木々の間を駆け抜ける。



 二人で探検ごっこをした。
 方向音痴な彼女はあらぬ方向へ向かっていき、よく遭難していた。
 かくれんぼや新聞紙を丸めた剣でチャンバラごっこもした。
 彼女は隠れるのもチャンバラも得意で一回も勝てなかった。
 でも、木登りは僕の方が得意だった。
 運動神経のいい彼女だったけど、棘が刺さるのが嫌だとか、落ちたら危ないとか、色々な理由をつけてその勝負は受けてくれなかった。
 ちょっとは男らしいところを見せられて、木の上から彼女を得意になって見下ろす。
 すると、悔しそうに、不貞腐れたようにこちらを見上げる彼女の瞳。
 そんな風にして、よく彼女を怒らせてしまった。


 人見知りな妹を守っている兄みたいな気分。
 最初は優越感みたいなものだったのかもしれない。
 人見知りが激しくて、ロクに友達のいないその子の唯一心を許されている相手という。
 でも、いつしか、一人の女の子としてその子を守りたくて。
 いつしか僕はその子に恋をしていて。



 数々の大切な思い出たち。
 じゃあ、あの子は一体誰?
 想いだけが溢れ出てきて、でも肝心なものが未だにわからない。


 その答えはきっとあそこにある。

 走り続ける。
 あの、約束の場所まで。
 いるわけがない。
 そんなことわかりきっているのに、でも行かずにはいられない。
 守れなかった約束。

 辿り着いた場所。
 月見丘。

 そこから見た景色。
 いつかの僕もきっと見ていた風景。
 そして、あの日。
 月見丘学園での文化祭で展示されていた写真と同じ夕暮れの空。



 よく一緒に丘を駆けまわって鬼ごっこをした。
 天気のいい日は日向ぼっこをして。
 緑色の絨毯の上で一緒に横になると、すぐに可愛い寝息が聞こえてきて。
 寝ている彼女は決まって僕の服の裾を掴んで離さなくて。
 近くでそんな彼女の寝顔を眺めているのも大好きだった。

 日が暮れ、帰る時間になったら
 決まって言う言葉。

『また、明日』

 そう、あの頃はずっとこんな毎日が続くのだと信じていた。
 また、明日が来るのだと信じて疑わなかった。



 自然と足が向かう。
 探す。
 いるはずのない姿。

 でも、いた。

 夕暮れを背景に。
 一人、寂しげに立つその背中。
 夕日の陰になって待ち続けている。
 ずっと、待っていてくれた。
 こちらを振り向くその姿。
 何度も、何度も思い出そうとしたその姿。
 ずっと傍にいたのに思い出せなかったその姿。
 でも、その姿が写真の、思い出の少女と重なる。

 彼女は…

「露…」

 自然と口から、心の奥底からこぼれ出るその名前。
 そう、日枝さん、
 いや、

 露

 振り返り、目を見開き驚いたその顔。
 普段から無愛想で眠そうでやる気の無さそうで、よく周りをも振り回すマイペース。
 そんな奴の珍しい表情。
 そんな彼女に告げる。

「ごめん、待たせた」

「……おせーよ、馬鹿…」

 泣きそうになりながらも、精一杯絞り出すように応えたその声。
 懐かしい、あの声。

 無くしていたもの、失ったもの、それらを僕は見つけだしたんだ……



  • 最終更新:2016-05-15 01:32:48

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