2/日常


  「葉。公衆の面前での恥を考えろ。後の良い勉強になるぞ」

   食堂のラウンジで講義の疲れを癒していたところ、知った声が後ろから聞こえた。

  「よう、小太郎。いきなり言ってくれるなお前」

  「なに。一応は顔見知りな仲ゆえの忠告さ」

   彼は自分の隣に座りながら一言目と同様失礼極まりない発言をする。

   そんな人事のように話す隣の人物は鉈神小太郎、自分と同じ真桐町に住み、中学、
   高校と、親友という間で繋がり今に至る人物である。

   しかし、彼は自分の数少ない友人の中でも異色の存在である。その風貌は、傍から
   見ればかなりの二枚目で、そのためかちょくちょく女の子からのアプローチを受けて
   いるほどだ。おまけに文武両道ときているので異性ならば注目の的、同姓ならば反感
   を持つのが大半だろう。

   自分がもしこの鉈神という人物を知らなければ才能溢れる彼にいい思いはしていな
   かっただろう。今でもある意味で反感を持つ面もあるがそれはあくまで外見だけで、
   彼のその本質、中身ではない。

   実はこの鉈神という人物は極度の"女性嫌い"なのである。彼の為に補足すると、彼
   はいたってノーマルであり、一般的な普通の恋愛をしてきた。しかし、何故だかは分
   からないが女性不信、もしくは女性嫌いという意味合いを、彼は自分が知る限りもう
   何年も崩さず持ってきたのである。

   またそんな二枚目の裏には面白い顔も持っており、それは…、

  「そうそう、昨日少々町へ赴いたのだが、そこで小さい黒猫を見つけたのだ。
    孤児のようなので連れて帰ってしまったのだがな。今度見せてやるぞ」

   と、いうように彼は無類の"猫好き"なのである。

  「そうか。でも町って神保町か?珍しいなお前が町に行くなんて。
    ナンか用事でも在ったのか?」

   とりあえず猫の件は放っておいて聞いてみる。

  「いや。これといって用事はなかったのだが、少々気になることがあったんでな」

  「珍しいパート2だな。お前が気になるぐらいで町に行くなんて。
    珍しい猫でもいたのか?」

  「茶化すな。お前も知っているだろう?巷で話題になっている昏睡事件だ。
    俺はそれについての調べ物があって行ったまでだ」

   昏睡事件。例の女性が眠るように死んでいる事件である。今朝方も3人目が犠牲
   (犠牲と呼ぶには疑問も残るが)になり、事件の真相がまるで見えない奇妙な事件だ。
   それを彼は調べているという。

  「?ちょっとまてよ。ナンでお前がそんなもん調べてんだ?
    そもそもその用事で行ったんじゃないのか?」

   彼の目的をまるで理解できなかったので、とりあえずそんな質問をしてみる。

  「すまん。前者の質問には答えられん。だが後者の質問の答えは単純だ。
    少し私事の買い物のついでに調べ物をした、ただそれだけだ」

   なんとも味気無い切り返しでは在ったが、まぁ納得できる答えでは在った。

   彼は時たま奇妙な行動をとる。趣味の範囲で行動する事もあるが、今のように何か
   しらの裏があるようで、時に彼が何処へ何をしに行くのか、友人である自分にもまる
   で見当がつかない。

   だが彼がしている事は理解できる範囲では在るし、これまでも隠し事がなかった訳
   でもないので、こういった件には深くは追求しないことにしている。

  「ふん、なるほどな。まぁでも変な事だけはすんなよ?事が事だからな」

  「なんだ心配してくれているのか?それは構わんが俺より彼女を心配してやれ」

   顎で自分達の右斜め後ろを指しているので振り返って見てみると、智子と恐らくは
   彼女の友達だろう、わいのわいのと楽しそうに会合していた。

  「智子か?それがどうかしたのか?」

  「全く。愚鈍なのかそれを普通としてるのか分からんが…。まぁいい。お前、さっき
    も言った通り朝彼女と痴話喧嘩していたろう?その後俺と彼女の講義が一緒だった
    ので軽く聞いてみたら、なんでも彼女のご両親が一身上の都合で少しばかり北の方
    へ出掛けるんだそうだ。」

   …そんな話はついぞ今朝あったばかりなのに聞いていない。
   出掛ける?
   一身上の都合?
   なんで朝それを言わなかったんだ、あいつ?

  「当たり前だ。お前が低レベルな喧嘩なぞするから彼女も言い辛かったんだろうよ」

   小太郎が俺の頭の中を見透かしたように答える。

  「あぁ、なるほど。だから休みの予定があるか聞いてきてたのかあいつ。でも、なん
   で急に叔父さん達出かける事になったんだ?お前それは聞いてないのか?」

  「だから一身上の都合だと言ったろう?知りたければ彼女に聞くんだな。彼女もお前
    に聞きたい事があるらしいし丁度良かろう?」

   なんとも失礼な事にニヤニヤと笑いながらそんな答えを返してくる。

  「ふん。だったらそっちから聞いてこいっての。
    なんだってこっちから聞かなきゃならん」

   反骨精神で対抗したが、まぁほどほどにな、と小太郎は先ほどとは違った微笑で返
   してきた。




  「こんにちは先輩っ!鉈神先輩もこんにちは」

   小太郎と取り止めの無い話題で盛り上がっていた時、
   そんな明るい声を後ろから掛けられた。

  「やぁイヨちゃん」

   と俺の方は笑顔で挨拶したが、隣の男は挨拶をされたのに関わらず無愛想な顔をし
   ていた。

   本樹イヨ。俺達の1年後輩にあたり、小太郎と同じく高校からの間柄になる。彼女
   とはある事件をきっかけに知り合ったのだが、それ以来今のように気軽に声をかけて
   くれるほどになり、こちらも気兼ね無く付き合う事の出来る数少ない人物である。

  「先輩達は、休みになったらどこか出かける予定とか有るんですか?」

   3人で同じ机に座り講義がどうだの、ある教授はこうだのと話している最中に、彼
   女はどこかで聞いたような質問を心配顔でしてきた。

  「う~ん、とりあえず俺の方は特別何かあるわけじゃないね。小太郎はどっか行った
   りするのか?」

   隣の無愛想な男に振ってみる。

  「いや、俺も特には無い」と、これまた相変わらず簡潔に言ってくれる。

  「だってさ。でもどうして?イヨちゃんはどこか行くの?」

   隣の男が何も言わないので、代わりに問いかけてみた。

  「いえ。私も行く予定は有りません。ただ…」

   虫が鳴くような声で呟きながら下を向く。

  「ただ?…何かあるのかい?」

   彼女の様子がおかしいのでそう質問する。

   このような質問には訳がある。彼女にはある種の才能が有り、厭な予感だとか虫の
   報せのような「第六感」とも言うべき能力がある。彼女のおかげで事を防げた事も有
   るので、今回もその類だろうと思ったのだ。

  「…はい。何か・・、漠然とですが靄みたいなのが罹ってて先が見えない感じなんです。
    暗く、前が見えずに落ちていきそうな。そんな感じです。」

  「それで休みをどうするのか聞いてきたんだね?」

   俺の言った言葉に彼女は小さく「はい」、と返事した。

  「そっか、ありがと。何が有るかわからないけど、気を付けておくよ。後、念のため
    に聞いておくけど、それは俺に対してなのかな?それとも俺達?」

  小太郎とイヨを見ながら、そう聞いてみる。

  「…はい。おそらくは私達に起こる事だと思います。」

   彼女はきっぱりとそう言う。

  「ならお互い気を付けなきゃね。最近何かと物騒だし」

   俺の言った言葉に安心したのか「はい」、と彼女は笑顔で答えた。

  「ならば俺も少し用心するしかないな。彼女の言葉としての曖昧さが多少あるがそれ
   を否定できる要素は無い」

   隣の無愛想な男がここで始めて発言した。彼の言った言葉を少々罵倒するような言
   い分だが、彼自身彼女の言葉に嘘は無いと理解しているので、俺もこいつも考えてい
   る事は同じだった。

  「そうだな。お前は俺以上に注意したほうがいい。猫なんか探すより、お前は家で大
   人しく丸まっているほうが安全だろう」

   俺の言った言葉に小太郎はムッと不機嫌そうな顔をより不機嫌にし、先ほどまで暗
   い雰囲気だったイヨはクスクスと笑いながら話を聞いていた。

   小太郎と先ほどまで話していた町での出来事を思いそう言ったが、言われた本人は
   「お前に心配されるとはな」と苦笑しながら反論してきた。


   その後は、3人とも暗黙の了解で厭な予感を口に出さずに終始笑いながら時を過ご
   していた。気が付けば冬の帳はもうそこまで来ており、もう遥か向こうの土地は赤く
   染まっているだろうと、窓から見える遠い空を見ながらそう思っていた。





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  • 最終更新:2008-04-18 20:33:59

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